ローマのバチカン市国にあるサン・ピエトロ大聖堂(サンピエトロ寺院とも呼ばれます)。大聖堂の中に入るだけなら無料で、お金がかかるのはクーポラ(ドーム)などの別メニューです。何が無料で何が有料か、並ぶ場所はどこか、そして何をどんな順番で見ればよいかを、公式の案内とウィキペディアの記述にもとづいて整理しました。

サン・ピエトロ大聖堂の内部を見学するだけなら、入場料はかかりません。多くの旅行者が「長い行列」と感じるのは、チケット売り場ではなく、広場の柱廊の脇にある空港のような保安検査の列です。
| やりたいこと | お金 | 予約 |
|---|---|---|
| 大聖堂の中を見学する | 無料 | 不要(時間枠の任意予約もある) |
| クーポラ(ドーム)に登る | 有料(階段17ユーロ、エレベーター22ユーロ) | 公式サイトで日時指定 |
| 地下墓地(スカヴィ)を見る | 有料 | 公式の申請フォームで事前申請 |
| ガイドの説明を聞く | 有料 | 公式ツアーか旅行会社のツアー |
料金は2026年10月に公式の予約ページで確認した内容です。変更されることがあるため、購入前に最新の表示を確認してください。
公式サイトは basilicasanpietro.va です。大聖堂の入場は無料で、公式サイトで予約するのはクーポラ(ドーム)の見学などです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場所 | バチカン市国、サン・ピエトロ広場の正面 |
| 大聖堂の入場 | 無料。保安検査あり |
| クーポラ | 階段17ユーロ、エレベーター22ユーロ(大聖堂の見学を含む) |
| 階段の数 | 階段コースは合計551段(231段+320段) |
| クーポラの所要時間 | 公式の説明で約2時間30分 |
| 世界遺産 | 「バチカン市国」として1984年に登録 |
| 最寄り駅 | メトロA線 オッタヴィアーノ駅から徒歩約10分(目安) |
開館時間は季節や行事で変わります。最新の時間は見学ガイドと公式サイトで確認してください。
実際の所要時間は、保安検査の待ち時間で大きく変わります。次の表は目安です。
| プラン | 目安の時間 |
|---|---|
| 大聖堂の内部だけ(待ち時間を除く) | 1時間〜1時間30分 |
| 大聖堂+クーポラ(予約あり) | 約2時間30分(公式の表示) |
| 保安検査の待ち時間 | 早朝は短く、昼前後は1時間以上のことも |
英語版ウィキペディアの記載にもとづく数字です。日本語版には別の数字も載っているため、あくまで目安として読んでください。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| ドームの高さ | 約136.6メートル(床から外側の十字架の先まで) |
| ドームの内径 | 約41.5メートル |
| 大聖堂の内部面積 | 約15,160平方メートル |
| 正面(ファサード) | 幅約114.7メートル、高さ約45.6メートル |
| バルダッキーノの高さ | 約28.7メートル |
| 広場のオベリスク | 高さ約25.3メートル(台座と十字架を含め約40メートル) |
| 墓所 | 100基を超える墓がある(うち教皇は91人とされる) |
英語版ウィキペディアでは、ドームの頂部が136.6メートルで、ローマで2番目に高い建物とされています。世界で最も高いドームでもあります。内部面積は、キリスト教の教会建築として世界最大と説明されています。
広い内部を、見る順番どおりに並べました。
入口を入ってすぐ右手の礼拝堂にある、ミケランジェロの彫刻(1498〜99年)。現在はガラス越しに見ます。
中央の祭壇の上にそびえるベルニーニの青銅の天蓋(1624〜33年)。
後陣にあるベルニーニの作品(1666年)。青銅の椅子を4人の教会博士像が支えます。
ミケランジェロが設計した大きなドーム。登ると、ローマの街とサン・ピエトロ広場が見渡せます。
身廊に入ってすぐの右手にある礼拝堂は、正式には磔刑像の礼拝堂ですが、ミケランジェロの「ピエタ」が置かれていることから「ピエタ礼拝堂」と呼ばれます。旧聖堂から移された像は、新しい聖堂の中で何度か場所を変え、1749年に今の場所に落ち着いたとされます。1972年に、ハンマーで傷つけられる事件があり、それ以来、ガラスで守られています。
主祭壇をおおう青銅の天蓋で、高さは約28.7メートル。世界最大級の青銅の作品と説明されています。ねじれた4本の柱は、旧聖堂にあった古い円柱(エルサレムの神殿にならったとされる)を手本にしたもので、月桂樹の葉や、教皇ウルバヌス8世の家紋にあたる蜂の飾りが付いています。細部には金箔が施されています。ベルニーニはこの作品に1624年から1633年まで取り組みました。
後陣には、青銅の大きな椅子が宙に浮くように置かれています。中に収められているのは、聖ペトロが使ったと伝えられる木の椅子ですが、近年の研究ではもっと新しい時代のもので、12世紀ごろの作とされます。椅子を支えるのは、聖アンブロシウス、聖アウグスティヌス、聖アタナシウス、聖ヨハネス・クリュソストモスの4人の教会博士の像で、背後の窓からは黄色いアラバスターを通した光が差し込み、中央に聖霊の鳩が浮かびます。1666年に完成しました。
クーポラの真下の4本の巨大な柱には、壁龕(へきがん)に大きな聖人像があります。聖ロンギヌス(槍)、聖ヘレナ(十字架)、聖ヴェロニカ(ヴェール)、聖アンデレ(十字)の4人で、それぞれの聖遺物にちなんだものです。ロンギヌスの像はベルニーニの作品とされます。
ドームを支える柱のひとつの前には、座った姿の聖ペトロ像があります。13世紀の彫刻家アルノルフォ・ディ・カンビオの作とする説があり、5世紀とする研究者もいます。足の先は、何世紀も巡礼者が触れたりキスをしたりしたため、すり減っています。
クーポラの登り方はクーポラ予約ガイドで詳しく説明しています。
大聖堂の正面は、トラヴァーチン(石灰華)でできた2階建てで、カルロ・マデルノの設計です。屋上には、キリストと使徒たちなど13体の像が並びます。2階の中央のバルコニーは、教皇が祝福を与える場所です。左右の上部には2つの時計があり、左はローマの時間、右はヨーロッパ中央時間を示すとされます。
ポルティコ(玄関廊)から堂内へは5つの扉があります。最も古い中央の扉は、15世紀のフィラレーテによる青銅の扉で、旧聖堂から移されたものです。「死の扉」は20世紀にジャコモ・マンズーが手がけ、聖年にだけ開かれる「聖なる扉」は1950年にヴィコ・コンソルティが設計した青銅の扉です。外側の中央扉の上には、ジョットの下絵にもとづくモザイク画「小舟(ナヴィチェッラ)」があります。
広場は、1656年から1667年にかけて、ベルニーニが造りました。大聖堂に近い側は台形で、あえて正面に向かってすぼまる形にして、正面を近く、高く見せる視覚効果があります。その外側は楕円形の広場で、柱廊が両腕を広げるように囲み、「教会が信者を迎え入れる腕」を表すと説明されます。中央のオベリスクは高さ約25メートルで、1586年に現在の場所へ移されました。
いまの広場へまっすぐ続くコンチリアツィオーネ通りは、20世紀のラテラノ条約のあとに造られた道です。かつては古い建物に囲まれ、柱廊をくぐった瞬間に広場が開ける驚きがありました。いまは遠くからドームが見えるため、橋のたもとのサンタンジェロ城から歩いて近づくのも楽しい道のりです。
現在の大聖堂は、4世紀にコンスタンティヌス帝が建てた旧聖堂の跡に造られました。伝承で聖ペトロの墓とされる場所の上に建っています。新しい聖堂の礎石は1506年に置かれ、1626年に献堂されました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 4世紀 | コンスタンティヌス帝が最初の聖堂を建てる(319〜333年ごろに着工) |
| 1506年 | 教皇ユリウス2世のもとで、ブラマンテの設計により新聖堂の礎石を置く |
| 1546年 | ミケランジェロが71歳で工事の責任者を引き受ける |
| 1564年 | ミケランジェロが死去。ドームの土台まで進んでいた |
| 1590年 | ドームが完成。頂塔は1593年に仕上がる |
| 1605年〜 | 旧聖堂を取り壊し、マデルノが身廊と正面を加える |
| 1626年 | 教皇ウルバヌス8世が新しい聖堂を献堂 |
| 1656〜67年 | ベルニーニが広場と柱廊を造る |
歴史学的には、ペトロがローマで殉教したことを示す確実な資料はなく、この場所が本当に墓だったかには古くから議論があります。1939年からの発掘で、大聖堂の地下から墓碑や、トロフェウムと呼ばれる祭壇の柱、広い墓地の全容が見つかりました。ただし、これがペトロのものだという確証はありません。最初の聖堂は5廊式で、ヨーロッパ最大級の教会堂でした。長さは100メートルを超え、入口は東、後陣は西という、当時のローマの教会に共通する向きでした。
旧聖堂は傷みがひどく、15世紀には再建が構想されました。教皇ユリウス2世は1505年に取り壊しと再建を決め、設計競技でブラマンテが選ばれました。ブラマンテは、中央に大きなドームを置く、ギリシャ十字形の案を描きました。ブラマンテの死後は、ラファエロ、サンガッロ、ペルッツィらが次々に責任者を務めますが、1527年のローマ略奪や資金不足で工事は何度も止まりました。
1546年に引き継いだミケランジェロは、複雑になっていた案を、ブラマンテの集中式に近い形へ簡潔にまとめ直しました。すでにできていた部分の3分の2を壊して、輪郭を小さくしたとも伝えられます。ミケランジェロはその後の17年間、無報酬で工事に携わったとされます。現在の大聖堂の基本部分は、正面を除いて、ミケランジェロの案にもとづくと説明されています。
ミケランジェロが設計したドームは、内側と外側の2重の殻でできていて、外側には16本のリブ(石の骨組み)があります。ミケランジェロの死後、ジャコモ・デッラ・ポルタとドメニコ・フォンターナが、1588年から1590年にかけて昼夜兼行で工事を進め、1590年にドームを完成させました。頂塔(ランタン)は1593年に完成し、内側のモザイクは1598年から1612年にかけて仕上げられました。18世紀にはドームにひびが見つかり、鉄のリングで補強されました。
ミケランジェロの案は、ミサを行う空間が足りないという理由で、17世紀に変更されます。マデルノが身廊を3つの区画ぶん手前へ延ばし、正面を新しく造りました。これで平面は、ラテン十字形に近い形になりました。工事全体には、約120年かかったとされます。
資金集めの手段のひとつが、免罪符の販売でした。これに対する反発が、のちの宗教改革の原因のひとつになったと、英語版ウィキペディアは説明しています。
主祭壇の真下には、聖ペトロの信仰告白にちなむ「コンフェッシオ」と呼ばれる地下の礼拝堂があります。周囲の欄干には、95個の青銅のランプが並んでいます。旧聖堂の床の高さにあたる場所で、聖ペトロの墓とされる位置の真上です。
地下の聖堂(グロット)には、歴代の教皇などの墓があります。英語版ウィキペディアでは、堂内に100基を超える墓があり、そのうち教皇は91人と説明されています。日本語版は教皇の墓を147基としていて、数え方が違うようです。スウェーデンの女王クリスティーナ、トスカーナ女伯マティルデ、スチュアート家の人々の墓もあります。最近の埋葬は、2023年1月5日のベネディクト16世です。
さらにその下には、古代のネクロポリス(墓地)があります。60メートルほどの通路の両側に、家の形をした墓がおよそ20並び、聖ペトロの墓とされる場所のまわりに祭壇の柱(トロフェウム)が築かれていました。ここを見学するには、公式の申請が必要です。詳しくは日本語ガイドツアーの地下墓地の項目を参照してください。
サン・ピエトロ大聖堂は、バチカン市国の一部として1984年にユネスコの世界遺産に登録されました。英語版ウィキペディアによると、登録基準は(i)(ii)(iv)(vi)です。バチカン市国全体が登録対象のため、大聖堂だけが単独で登録されているわけではありません。
ローマにある4つの教皇大聖堂のうち、ほかの3つ(ラテラノ、サンタ・マリア・マッジョーレ、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ)はイタリアの領土にありますが、サン・ピエトロ大聖堂だけはバチカン市国の領土の中にあります。広場の入口では、一般にイタリアの警察による保安検査を受けますが、大聖堂そのものの敷地はバチカン市国です。
日本語では「サンピエトロ寺院」「サン・ピエトロ大聖堂」の両方で呼ばれますが、同じ建物です。なお、ここはローマ教皇の司教座聖堂ではありません。教皇の司教座がある大聖堂は、ローマのラテラノ聖堂(サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ)です。サン・ピエトロは、ローマの4つの教皇大聖堂のひとつに数えられます。ただし、教皇の主要な典礼の多くは、大きさや場所の都合で、実際にはここで行われます。
聖なる扉は、25年に一度の聖年(ジュビリー)の間だけ開かれます。扉は、ふだんはれんがで塞がれています。2024年12月24日に開かれた扉は、2026年1月6日に閉じられたと報じられています。そのため、現在の旅行では、聖なる扉は閉じた状態です。次の通常の聖年は2050年です。最新の状況は、公式のお知らせで確認してください。
入れます。大聖堂の見学は無料で、予約は必須ではありません。ただし、広場の脇の保安検査で並ぶ必要があり、昼前後は混みます。クーポラや地下墓地は事前の予約・申請が必要です。
大聖堂の見学は無料です。クーポラは、公式の予約サイトで階段17ユーロ、エレベーター22ユーロと表示されています。変更される場合があるため、購入ページで確認してください。
同じ建物を指す呼び名です。日本語では寺院と呼ばれることもありますが、正式には大聖堂(バジリカ)です。
大聖堂の内部は1時間〜1時間30分が目安で、保安検査の待ち時間は別です。クーポラ付きは、公式の説明で約2時間30分です。
入口を入ってすぐ右手の礼拝堂にあります。現在はガラス越しに見学します。
2026年1月に閉じられたと報じられています。次の通常の聖年は2050年です。
別の施設で、別のチケットです。ツアーや旅行サイトのセット券には、両方を組み合わせたものがあります。詳しくは日本語ガイドツアーで説明しています。
公式は、短すぎる服、袖のない服、帽子を禁止しています。実際には肩と膝を覆うのが無難です。詳しくは見学ガイドをご覧ください。